日本表面真空学会

令和3年度(2021年度)関東支部講演大会

2021年度講演大会について

2021年度の関東支部講演大会では、表面・真空科学分野で活躍する若手研究者による招待講演をオンラインにて開催致します。
皆様のご参加をお待ちしております。

日時・開催方法
  • 開催日:令和3年(2021年)4月3日
  • 開催 :オンライン(ZOOM利用)     登録はこちらから
基調講演・招待講演
講演時間 講師 所属 講演タイトル       (リンクからアブストラクトへ移動できます)
10:00~11:00        小森文夫 東大物性研 【基調講演】エピタキシャルグラフェンのナノ構造と電子状態
11:00~11:30 岩崎悠真 NEC マテリアルズ・インフォマティクスによる磁性合金材料探索
11:30~12:00 阿部 仁 KEK物構研, 総研大, 茨城大        全反射X線分光法(TREXS)の開発と表面観察
12:00~13:00
(関東支部総会)
13:00~13:30
(昼食・昼休み)
13:30~14:00 立石幾真 東大院理 二次元系におけるトポロジカル物質と結晶群対称性:単層ホウ素シートの理論的研究
14:00~14:30 山田逸平 同志社大, 原研 シート状に形成したガスを用いたビームプロファイル測定
14:30~15:00 遠山晴子 東大院理 Caインターカレート誘起フリースタンディンググラフェンにおける構造と超伝導の相関
15:00~15:30 小林 成 東工大物質理工 量子ビームと薄膜電池を活用した全固体Li電池界面のオペランド観察
15:30~15:45
(休憩)
15:45~16:15 小野田穣 アルバータ大 原子間力顕微鏡による表面構造解析と単原子スケール元素分析
16:15~16:45 矢治光一郎         物材機構 スピン角度分解光電子分光による電子状態計測   ~物質研究から材料研究へ~
16:45~17:15 和田 健 KEK 加速器ベース低速陽電子ビームによる陽電子回折実験の現状と将来展望
【基調講演】
10:00~11:00     エピタキシャルグラフェンのナノ構造と電子状態       小森文夫   (東大物性研)
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    図: 1次元ナノリップルグラフェンのSTM像。
        引き剥がし法によって作製されたグラフェンの特異な電気伝導が観測されて以来、その電子状態が注目を集めてきた。電子状態の研究には、 電子状態の研究に適した大面積で均一なエピタキシャルグラフェンは用いられてきた。本講演では、SiC基板上に作製された エピタキシャルグラフェンの最近の研究を紹介する。
    1.   1次元ナノリップルグラフェン [1]
        我々は、SiCの熱分解によって図のようなSTM像が得られるナノリップルグラフェンを表面ファセット上に作製した。 グラフェンはファセット全体を覆っており、角度分解光電子分光(ARPES)によってディラックバンドが確認できる。 このグラフェンの非弾性トンネル分光測定を行うと、面直振動モードスペクトルに空間分布があることが分かった。 通常のSiC(0001)面上のグラフェンでは、このモードの信号は弱いが、ファセット上では強い信号が得られる。 スペクトルの空間分布の原因は、表面下のナノ構造にあることが分かった。
    2.   準結晶ツイスト2層グラフェンの電子ダイナミクス [2]
        大面積の30度回転のツイスト2層グラフェンが作製されている。この2層グラフェンでは、上下2層の二つの ディラック点の波数空間で分離されているので、それぞれの電子状態を測定することができる。我々は、 ポンププローブ時間分解ARPESを用いてこの系の電子ダイナミクスを調べた。その結果、ポンプ光によって励起された電子が、 2層間で化学ポテンシャル差を生じさせ、時間経過とともに2層間での電子移動によって熱平衡に至ることがわかった。 一方、電子緩和時間には2層間で有意な差はなく、通常の2層グラフェンと同じである。
    3.   大面積数度ツイストの作製と電子状態 [3]
        数度回転ツイストグラフェンでは、層間相互作用のためにディラックバンドが大きく変化することが知られていた。 近年、回転角度が1度近くのツイストグラフェンで超伝導が観測され興味がもたれている。我々は、真空中での引き剥がしによって 作製した大面積の3~4度回転ツイストグラフェンの電子状態を調べた。清浄な2層間界面が実現し、層間相互作用によるバンド変形や レプリカバンドがARPESで観察された。
    参考文献
    [1]: K. Ienaga et al., Nano Lett. 17 (2017) 3527.     [2]: T. Suzuki et al., ACS Nano 13 (2019) 11981.
    [3]: H. Imamura et al., Appl. Phys. Express 13 (2020) 075004.
11:00~11:30     マテリアルズ・インフォマティクスによる磁性合金材料探索       岩崎悠真   (NEC)
        AI囲碁(AlphaGo)やAI将棋(Ponanza)等によるAIブームの影響から、材料開発の分野でもAI技術を用いた取り組みが盛んに行われている。 このようにAI技術(機械学習)を用いて材料開発を行う分野は、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)と呼ばれている[1]。 AIは、人間が所有する物理・化学などの自然科学の知見を用いず(別の表現をすると、人間の偏見や先入観なしで)、データ主導で材料探索を行う。 そのため、しばしば我々人間が気づいていなかった奇抜な材料の発見につながることがある。
        本講演では、ベイズ最適化と呼ばれる機械学習手法と第一原理計算(KKR-CPA)を組み合わせた自律自動材料探索システムによって、 飽和磁化の大きな磁性合金を発見/合成した研究を紹介する。ベイズ最適化は、材料開発における次の一手(次に何をすればよいか) を数学的に導出することができる。この手法と第一原理計算(仮想的な材料作成と特性評価)を組み合わせることで、 ①仮想材料作成 ⇒ ②仮想材料の特性評価 ⇒ ③次の仮想材料決定 ⇒ ①仮想材料作成・・のループをPC内で自動的に実行し続け、 有望な材料を発見することができる。本システムにより磁化(磁気モーメント)の大きな多元合金を探索した結果、 Slater-Pauling limit(Fe3Co1)を超える大きな磁化を示す磁性合金を発見し、その合成に成功した[2]。
    参考文献
    [1]: 書籍, 岩崎悠真, マテリアルズ・インフォマティクス ~材料開発のための機械学習超入門~ (2019)
    [2]: Y. Iwasaki et al. Machine learning autonomous identification of magnetic alloys beyond the Slater-Pauling limit. Communications Materials, in press.
11:30~12:00     全反射X線分光法(TREXS)の開発と表面観察       阿部仁   (KEK物構研, 総研大, 茨城大)
        X線吸収分光法XAS (X-ray Absorption Spectroscopy)やX線光電子分光法XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)など、 軟X線を用いた分光法は表面観察に広く用いられて来た。一方で硬X線は、硬X線光電子分光法HAX-PES (Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy)の使われ方に端的に現れているように、主にバルク観察に用いられている。硬X線のXAFS(X-ray Absorption Fine Structure)も原理的にバルク敏感な手法であり、「硬X線はバルク敏感(表面鈍感)」が“常識”となっている。
        XAFSでは、測定元素の電子状態や化学状態に関する情報、あるいは測定元素について、その原子と周囲の原子との原子間距離や 配位数などの局所構造情報、などが得られる。X線の光路に置けるものなら何でも測定できる手軽さもあり、触媒や電池、 さらに鉱物や環境試料など幅広く利用されている。ところが上述のように、nmレベルあるいは原子レベルの表面観察とは相性が非常に悪い。
        そこで私は、XAFSの特徴を活かしつつ、容易に表面観察可能な手法を開発したいと考え、取り組んで来た。基本のアイデアは、 全反射条件での測定で表面感度を得ることである。得られた全反射スペクトルにKramers-Kronigの関係式を用いることで"XAFS"スペクトルとし、 従来の解析手法が適用可能である。この手法開発中に、全反射スペクトルをそのまま利用することで、より簡便に表面観察が 可能であることに気がつき、全反射X線分光法(TREXS, Total REflection X-ray Spectroscopy)と名付けた[3]。 また、in situ TREXS測定装置に、表面の吸着分子の観察等に威力を発揮する赤外反射吸収分光法IRRAS (Infrared Reflection Absorption Spectroscopy)を組み合わせ、表面金属種と表面分子種の両方を捉え、表面反応を複合的に 観察可能な実験環境の構築を進めて来た。TREXSの~2 nmと言うユニークな表面感度を活かし、色々な測定手法との複合高度化も進めながら、 様々な表面の観察、表面反応のリアルタイム追跡に応用して行きたいと考えている。
    参考文献
    [1]: H. Abe, et al., J. Phys.: Conf. Ser. 502, 012035 (2014).         [2]: H. Abe, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 55, 062401 (2016).
    [3]: H. Abe, et al., AIP Conf. Proc. 2054, 040016 (2019).         [4]: H. Abe, et al., Phys. Chem. Chem. Phys. 22, 24974 (2020).
13:30~14:00     二次元系におけるトポロジカル物質と結晶群対称性:単層ホウ素シートの理論的研究       立石幾真   (東大院理)
        近年、物質の幾何学的構造に着目する「トポロジカル物質科学」と呼ばれる分野は、 物質科学研究における一つの大きなコミュニティとなっている。トポロジカル物質科学の分野では様々な現象・物質が扱われるが、 共通する特徴としてそれらは「トポロジカル不変量」と呼ばれる整数で特徴付けられる。この特徴量が整数という 離散値に制限される背景においては、対称性が重要な役割を果たしている。
        本講演では特に「ノーダルライン半金属」と呼ばれるトポロジカル物質に主に着目する。 グラフェンがフェルミ準位上に線形分散を伴う縮退点を持つことは良く知られているが、ノーダルライン半金属では 線形分散を伴う縮退が線的に連なっている。この線形分散を伴う縮退という共通点を持つことから、 グラフェン同様に大きな移動度を持つなど、多彩な物性が議論されている。このノーダルライン半金属においても トポロジカル不変量が定義され、その量子化において系の対称性が大きな役割を果たしている。 トポロジカル不変量の定義においてはその次元性に注意する必要があり、3次元系と2次元系では異なる扱いが必要となる。 講演の前半ではそれらの違いを解説する。講演の後半では、近年講演者らによる「非共型空間群」に属する2次元ホウ素シート におけるノーダルライン半金属相の提案を紹介する。この物質群では、前半で解説した対称性に加えて、 「非共型空間群操作」など追加の条件を課すことで、ノーダルラインの形成に関するより強い主張が得られる。 ここでは、「非共型空間群」の基礎と分散関係に現れる特徴を、可能な限り群の表現論などの数理的背景知識を要求しない形で解説する予定である。
14:00~14:30     シート状に形成したガスを用いたビームプロファイル測定       山田逸平   (同志社大, 原研)
        近年の加速器はビームの大強度化、高輝度化の一途にある。大強度ビームの加速器では、わずかな 割合のビーム粒子でも加速器機器に衝突すると重大な放射化を引き起こす。そのため、様々なモニ タを利用してビームの重心、プロファイル、エミッタンス、電流値、エネルギーなどを監視して、 ビームを適切に制御している。中でもビーム形状を測定するプロファイルモニタの現在の主流はワ イヤスキャナモニタである。このモニタはワイヤをビームに対してスキャンし、ビームとの衝突で ワイヤに流れる電流強度からビーム形状を計測するプロファイルモニタである。しかしこの手法は 大強度ビームの測定においてワイヤの放射化や破損の可能性があるため、大強度ビームの計測が困 難である。そこで、シート状のガスを導入して、ビームガス相互作用により生じる光子を利用する 非破壊型のプロファイルモニタ(ガスシートモニタ)の開発を行っている。本モニタは、シート状 のガスを利用するため、モニタの放射化や破損の可能性が低く、ビーム断面の二次元プロファイル を測定することができる。本モニタの開発要素として、ガスシートの形成、ガス密度分布を考慮 したビームプロファイルの再構成、およびビームガス相互作用で生じる光子の検出可能性の実証が 挙げられる。加速器ビームラインは超高真空であるため、ガスシートの制御は真空のガスダイナミ クスに基づいて行う。超高真空下でのガス分子の運動は、分子間衝突と比べて壁との衝突が支配 的である。薄く長いガス流路を用いてガス分子の運動方向を制限すれば、ガス密度分布をシート 状に形成することができる。プロファイル再構成手法は、ガスシートモニタがビームプロファイル およびガス密度分布に依存した分布の光子を生成し、その光子を一方向に積算して検出する、と いう原理に着目することで定式化できる。このプロファイル再構成手法には、検出器の感度分布 およびガス密度分布の情報が必要であるため、その測定手法を考案して実測した。J-PARCの 3MeV, 60mA 水素負イオンビームをガスシートモニタで測定して光子分布を取得し、考案したプ ロファイル再構成手法を適用することで、ビームプロファイルが得られることを実証した。本講演 では上記のガスシートモニタ開発の一連の詳細を紹介する。
14:30~15:00     Caインターカレート誘起フリースタンディンググラフェンにおける構造と超伝導の相関      遠山晴子   (東大院理)    
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    図: (a) Liインターカレート後(青線)、Ca蒸着後(緑線)、Caインターカレート後(赤線)、Ca脱離後(橙線)におけるシート抵抗の温度依存性。 (b) Caインターカレートグラフェンの積層構造モデル。
        炭素原子による2次元物質グラフェンは、層間に原子や分子をインターカレートすることによりその物性が劇的に変化し、 特に挿入原子がCaの場合には超伝導が誘起される[1]。しかしCaがどこにインターカレートするのか、またその時の グラフェンが示す構造について、及び超伝導の起源となる電子状態は、既に先行研究により提案されていたが[1,2]、 他の電子構造由来の可能性も十分あり議論の的となっていた。さらに近年の構造解析の報告から、実際の積層構造は 従来モデルと異なることが示された[3]。そのため、構造や物性を系統的に調査することで正確な積層構造モデルを確立し、 Caインターカレートグラフェンの超伝導発現機構を明らかにすることが求められている。 本研究では、超伝導グラフェン層間化合物において、様々な作製条件下で表面構造・電子状態・電気伝導特性を系統的に調査し、 超伝導と構造との相関を調査した。
        試料は、熱脱離法によって作製されたグラフェンを超高真空チャンバーに導入し、分子線エピタキシー法により RHEEDで構造観察をしつつ、Liのインターカレートに続いて加熱しながらCaをインターカレートさせ作製した。 特性評価はin-situ電気伝導測定、STM測定、そしてARPES測定により行った。
        RHEEDやARPESの結果より、SiC(0001)基板表面上に成長させた単層グラフェン試料にLi, Caをインターカレートさせると バッファー層が基板から離れてfreestandingな2層グラフェンに変わり、その層間にCa原子が位置していることが明らかになった。 また、インターカレーションや蒸着などにより様々な積層構造を作製し電気伝導測定を行ったところ、超伝導が発現するのは Caがグラフェン層間にインターカレートされている場合に限ることが初めて明確になり、さらに超伝導に関わる電子バンドは interlayerバンドであることが強く示唆された。講演では、転移温度と各種パラメーターの関係など 超伝導特性の詳細にも言及し、議論を行う。
    参考文献
    [1] S. Ichinokura et al., ACS Nano 10, 2761 (2016).         [2] K. Kanetani et al., PNAS 109, 19610 (2012).
    [3] Y. Endo et al., Carbon 157, 857-862 (2020).
15:00~15:30     量子ビームと薄膜電池を活用した全固体Li電池界面のオペランド観察       小林成   (東工大物質理工)
        全固体Li電池は、Liイオン電池の電解質を無機固体で代替することにより、従来を超える高出力化や 高エネルギー密度化が期待される次世代電池である。しかしながら、電極と無機固体電解質の界面における 高い抵抗(界面抵抗)がLi移動を阻害してしまい電池性能のボトルネックとなっている。かたや基礎科学の観点からも、 固体-固体界面をまたぐLi移動現象の微視的な理解は未解明であり、固体イオニクス現象の主題の一つとして注目されている。
        このようなLi伝導する固相界面の現象観察のために、薄膜積層させた全固体Li電池(薄膜Li電池)を活用した、 量子ビームによる電池動作中のオペランド観察を進めている。本発表では主に、放射光X線を用いた界面正極の 結晶構造と電子状態観察について紹介する。
        薄膜Li電池の作製には電極表面を一度も大気に曝さない全真空プロセスを用いた。 Al2O3(0001)基板上に(001)配向LiNi0.8Co0.2O2正極、 Li3PO4固体電解質、Li負極を順に積層し作製した。界面への大気中ガスの吸着劣化を 抑制することで非常に低い界面抵抗が達成されており[1]、副反応のない物質由来の界面観察が可能となる。 このようなモデル界面試料を用いて、オペランドの表面X線散乱[2]による正極結晶構造の観察に、 軟X線吸収分光による正極中の遷移金属Ni, Coの電子状態の観察に成功した。表面X線散乱測定から、 電池電圧(正極Li組成)に応じた界面ラフネスの変化、結晶内部の弾性変形を示唆する結果が得られた。 またこれに対応するように、電圧に対して同様にNi, Coの酸化数の変化が見られた。 これら実験結果の相補的な解釈や、モデル界面を用いたオペランド計測を組成分析など他の計測手法に広げることで、 電池動作の物理的な解明が期待される。
    参考文献
    [1] M. Haruta et al., Nano Lett. 15, 1498-1502 (2015).         [2]: T. Shirasawa et al., J. Phys. Chem. C 121, 24726 (2017).
15:45~16:15     原子間力顕微鏡による表面構造解析と単原子スケール元素分析     小野田穣   (アルバータ大)
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    図: Ag(111)上シリセンの高分解能AFM像。
        材料評価において構造解析と元素分析は重要な役割を果たす。固体表面の構造解析法として低速電子回折やX線回折、 また、元素分析法として電子エネルギー損失分光やX線光電子分光などが挙げられる。これらは試料のマクロで平均的な情報を 知る手法として確立されている。一方、試料のミクロで局所的な情報を知る事は材料の特性向上に向けて重要なステップである。 走査プローブ顕微鏡(SPM)は原子スケールで尖った探針を試料表面で走査することで原子や分子をひとつずつ観察・計測することができる。 なかでも走査トンネル顕微鏡(STM)と原子間力顕微鏡(AFM)は超高真空中における様々な物質表面の原子分解能観察に成功している。 また、探針を用いた原子(分子)操作や、探針と試料の間の電流や相互作用力を計測することで原子種(分子種)識別を行うことも可能である。 SPMによる構造解析や元素分析は発展段階であり、分析手法の向上は日々進められている。
        本講演では、AFMに関する以下の研究内容を紹介する。
    1.   AFMによる構造解析
        グラフェンの発見以来、単原子層から成る二次元材料の研究が盛んである。ここではAFMによるシリセン(Si版グラフェン)の 構造解析に関する研究を紹介する。グラフェンなどの平坦な二次元原子層物質に対してシリセンは表面が座屈(バックリング)構造を持つため、 STMでは一部のSi原子しか観察されず局所構造解析は困難であった。一方、AFMではシリセン表面中の全Si原子を観察できることが分かった(図)。
    2.   AFMによる元素分析
        AFMでは探針先端原子と表面原子との間の化学結合力を測定することができる。これまで化学結合力測定によりIV族元素(Si, Sn, Pb)間の 原子スケールでの元素識別に成功してきた[1]。ここでは、IV族元素以外にも適用可能な汎用的なAFMによる元素識別法を紹介する。 本手法はAFMによるエネルギー測定とPaulingによる化学結合論を用いており、個々の表面原子の電気陰性度を決定できることも分かった。
    参考文献
    [1] Sugimoto et al., Nature 446 (2007) 64.
16:15~16:45     スピン角度分解光電子分光による電子状態計測   ~物質研究から材料研究へ~       矢治光一郎   (物材機構)
        スピン角度分解光電子分光(SARPES)は物質中を運動する電子のエネルギー・運動量・スピンを分離して観測できる実験手法である。 基礎研究の分野では、この15年余りの間に、トポロジカル物質を中心としてスピン軌道相互作用によりスピン偏極電子状態の研究が盛んに行われてきた。 その中でSARPESは物質中のスピン偏極電子の振る舞いを直接観測する手法として重要な役割をはたしてきた。一方、応用研究や産業利用においても、 材料やデバイス動作の基本原理を電子状態という微視的機構から解明できれば、新規製品開発やその性能向上のための重要な指針となる。
        従来のSARPESのエネルギー分解能はとても低かったため、多様な物質のスピン偏極電子状態を研究対象とすることができなかった。 そこで我々は励起光源とスピン検出器の改良を行い、2016年に真空紫外レーザーを用いた高分解能SARPES装置を完成させた。 これにより物性の理解に重要なフェルミ準位極近傍のスピン偏極電子状態の精密観測が可能となり、 トポロジカル物質やラシュバ分裂表面の研究が大きく進展した。また、励起光の偏光を利用することにより軌道選択的にSARPESができることも実証した。 さらに、レーザーのスポット径を20マイクロメートルまで絞ることによりマイクロSARPESも可能となった。
        我々の次の目標はデータ収集効率を従来の10000倍まで高めたSARPES装置の開発と、SARPESの空間分解能のさらなる向上である。 上述のレーザーSARPES装置では、レーザーのスポット径より小さい試料の測定はできない。現在我々は、 より微小な材料やデバイスの測定を目指して顕微鏡型のSARPES装置の開発に取り組んでいる。これが成功すれば、 今まで不可能だったナノスケール領域のスピン偏極電子状態の計測が可能となる。
16:45~17:15     加速器ベース低速陽電子ビームによる陽電子回折実験の現状と将来展望       和田健   (高エネルギー加速器研究機構)
        KEK物質構造科学研究所の低速陽電子実験施設では、全反射高速陽電子回折 (Total-reflection high-energy positron diffraction, TRHEPD (トレプト)) の共同利用実験により、他の手法では困難な、 様々な結晶表面の原子配列の構造解析が行なわれている。例えば、Ptを蒸着したGe(001)表面上の原子ナノワイヤ、 ルチル型TiO2(110)-(1×2)、CuやCo基板上のグラフェンと基板間の距離、Ca挿入2層グラフェン、Ag(111)基板上のシリセン、 Al(111)基板上の非対称ゲルマネン、 Ge(111)基板上の2次元Ge層の二重三角格子等の構造解析などである。
        TRHEPDは、反射高速電子回折(RHEED)の陽電子版だが、陽電子は電子の反粒子で電荷の符号が異なり、 物質中の結晶ポテンシャルエネルギーは電子と逆の正となる。このためTRHEPDでは全反射条件が存在し、 その条件では最表面原子層のみからの回折図形が得られる。臨界角を越えると表面直下の 原子層からの回折図形も得られる。現在、00スポットのロッキング曲線を1本得るのに必要な測定時間は40分程度で、 RHEEDと比べて時間がかかる。当施設の陽電子ビームは加速器により20 ms毎に約1 μsのパルス幅で供給されているが、 パルス中で検出器のマイクロチャンネルプレート(MCP)が飽和をしないよう、TRHEPD実験ではビーム強度を最大強度から 1桁程度落としている。最大強度でもMCPが飽和しないよう、現在、このパルス幅を上限20 ms程度(約2万倍)まで 伸長するシステムのTRHEPD対応を進めている。並行してビーム強度増大の諸方策に取り組むと共に、 加速器の増強によるビーム強度1桁増大計画を検討中である。回折した1つ1つの陽電子を時間情報とと共にリストモードで 蓄積する検出器を導入し、時間分解測定にも挑戦したい。
        垂直入射による低速電子回折(LEED)の陽電子版の低速陽電子回折(low-energy positron diffraction, LEPD (レプト)) の装置開発も行なっている。LEEDと比較してLEPDの散乱因子は非常に単純で多重散乱が少なくより表面敏感なため、 高精度な表面構造解析が可能と考えられている。当施設では既にLEPD図形の観測に成功しており、 表面すれすれ入射のTRHEPDでは観測が困難な試料、あるいは、普段LEEDを用いて表面研究を行なっているより多くのユーザーに対応すべく、 共同利用への公開へ向けた整備を進めている。
        また、同一試料で陽電子回折と角度分解光電子分光(ARPES)の両方の実験ができるよう、 KEK物質構造科学研究所の量子ビーム連携研究センター(CIQuS)において、試料ホルダの共通化や 超高真空搬送システムの導入などの環境整備を進めている。
実行委員・問合せ先
  • 清水亮太(東工大):shimizu.r.af_at_m.titech.ac.jp     ("_at_"を@に置き換えてください。)