XPSは表面敏感な手法と知られていますが,どのくらいの範囲(深さ)を測定しているのでしょうか?

 XPSでは,試料表面に照射したX線による光電効果で発生する光電子を計測対象としています.光電子はX線が侵入した深さ領域(ミクロンオーダー)で発生しますが,発生点から表面まで輸送される過程でその多くは非弾性散乱によりエネルギーを失います.表面近傍で発生した光電子だけが非弾性散乱を受けることなく本来のエネルギーを保ったまま計測され,XPSスペクトル上で光電子ピークを形成します.一方,非弾性散乱を受けてエネルギーを失った電子はXPSスペクトルのバックグラウンドの一部となります.したがってXPSの検出深さ[1]は,光電子が非弾性散乱を受けることなく計測される深さとなり,あるエネルギーを持った電子がある非弾性散乱から次の非弾性散乱を起こすまでに移動できる平均距離を非弾性平均自由行程IMFP(inelastic mean free path)とすると,IMFPの3 倍程度と考えることができます[2].Al線源のXPSで計測されるエネルギー範囲では,検出深さは0.3~10 nm 程度です.放射光の硬X線を用いると検出深さをより深くすることができ,埋もれた界面の測定などに有用です.また,角度分解測定が可能な装置では,表面垂線から測った検出角を大きくするほど,検出深さを浅くすることができ,非破壊で深さ方向の情報を得ることができます(表面が平滑な試料の場合に有用).

[1] 田沼繁夫, 表面と真空 65, 102 (2022).
[2] 田沼繁夫, 表面科学 27, 657 (2006).

(ver. 231201)