AESスペクトルのバックグラウンドはなぜ大きいのですか?

 電子線励起AESスペクトルは,試料表面に電子線(一次電子)を照射し,その応答として放出される様々な電子のエネルギー分布を表しています.一次電子がエネルギーを失うことなく弾性散乱された場合は,一次電子と同じエネルギー位置に鋭いピークを形成しますが,一次電子の多くは非弾性散乱を受けてエネルギーを失います.エネルギーを失う過程には,フォノン励起,プラズモン励起,価電子のバンド間遷移,内殻電子の励起など様々な過程があるため,非弾性散乱電子は連続的なエネルギー分布を示し,明瞭なピークにはなりません.これがAESスペクトル上で巨大なバックグラウンドとして観測されます.
 また,内殻電子を励起した後のエネルギー緩和過程でオージェ電子が発生します.オージェ電子は元素に固有のエネルギーを持ち,エネルギーを失うことなく放出された場合はAESスペクトル上でオージェピークを形成します.オージェ電子が非弾性散乱を受けてエネルギーを失うと,一次電子の場合と同様に,AESスペクトルの巨大なバックグラウンドに埋もれてしまいます.このように,AESスペクトルに現れるバックグラウンドは,一次電子やオージェ電子が試料内部での非弾性散乱によって連続的にエネルギーを失った結果と考えることができます.実用上はバックグラウンドを除外するため,AESスペクトルを微分形で取り扱うことがよくあります.

[1] 志水隆一, 吉原一紘編, ユーザーのための実用オージェ電子分光法, 共立出版 (1989)
[2] Q「スペクトル全体形状がXPSでは右下がり,AESでは右上がりの形状になるのはなぜですか?」 の項も参照ください.

(ver. 230313)